因果は廻る

その夜。僕は内心青ざめながらタクシーを出来る限りのスピードで急がせていた。

もし自分で運転していたら間違いなく違反チケットを切られていたに違いない。






コンサートツアー中、明日一日だけ休みが出来た、その前の晩のこと。

悠季とは別行動になってしまい、久しぶりに二人きりでゆっくりと過ごすつもりでいたから、二人とも出席する予定だったパーティーなど最初からすっぽかすつもりだった。

それなのに、あろうことか悠季が一人で出かける事になってしまったというのだ!

僕はその知らせを聞いて、連れていったという興行先の人間を呪った。

こんなうかつなところとは二度と契約させはしないと固く決意したが、まず何よりも悠季の安全を確保しなくては。

駆けつけた会場に入ると、中はアルコールもだいぶ入っているようで、かなりくだけた様子になっていた。

しかし、ここに肝心の悠季の姿が見当たらない。

パーティーに連れていった興行先の担当者をようやく見つけて問いただしてみると、姿が見えないなら帰ったんじゃないですか?とは何とも頼りない答え。

パーティーの途中で別れた―――つまり会場に一人置き去りにしてしまったという、とんでもない話だった。

僕は急いで宿泊先のホテルに連絡してみたが、悠季はホテルには帰っていないという。

人見知りをする彼が、ドイツ語がほとんど出来ないというのに、知り合いが誰もないないはずの土地で夜の街中へ出歩いているはずなどない。

万一の僥倖を願って、パーティー内の給仕たちに僕あての伝言がないか尋ね回ってみると、意外な人物が悠季を預かっているというメッセージを残していた。

その人物の名前を聞いて、思わず天を仰いでいた。



これは僕の昔の悪行の報いなのか。




絶望的な気分になりながら、出来る限りの速さで指定された場所へと急いだ。そこは昔何度も足を踏み入れた場所。彼のアパルトマンだった。

チャイムを鳴らし続け、ようやく開けられたドアから入って悠季の姿を捜して回ると、見た事のある赤い革のソファーに寝かされているのを見た。

とたんに、怒りが膨れ上がった。

「これは僕への嫌がらせですか?」

事情も聞かず、つけつけと嫌味を言ったのは、僕が逆上していたということだろう。

昔の悪行をのせいでこのような因縁を作ってしまった自分への八つ当たり、そして何よりも悠季の無事を知った安堵の反動。

しかし何よりも大切にしている悠季をこんなところへと連れだされた怒りは正当だ。

ところが彼の話を聞いてみると、僕が考えていた事とは状況は全く違ったものだった。

まさか僕が逆に彼に説教される事になろうとは。

その上、悠季が飲まされたというカクテルには酒以外の、鎮静剤か睡眠薬を入れられたかもしれないと聞かされては、冷や汗どころの話ではない。

彼にあわただしく礼を言うと、急いでホテルへと引き上げた。

ホテルに到着し部屋に入ったところで、悠季をゆすってみても起きない。

心配になった僕はホテルの医師に往診を頼んで診てもらったが、呼吸も脈拍も正常でカクテルを飲んでから時間が経っているので、薬の心配はないだろうと言われてほっと胸をなでおろした。

今回は大事には至らなかったが、悠季の迂闊さと危うさにため息をつく。

これからは絶対に一人でパーティーに出席させたりしないようにしなくてはと肝に銘じたが、疑問は残る。

普段の彼は用心深いし、かなり人見知りをする。

知らない人間に簡単についていくとは思われないのだが、なぜ今回に限って悠季はたやすく見知らぬ人間の自宅へとついて行ってしまったのだろう?






翌日の悠季はひどい二日酔いで、青ざめた顔をしてうめきながら起きてきた。

僕は彼がシャワーを浴びてようやく顔色がよくなってきたところで昨夜の行動についてこんこんと諭した。

パーティーに一人で行ったことやだまされて飲んでしまったカクテルの事や、性質の悪い連中に連れて行かれそうになったことなど、無事だったからでは済まされないことだ。

「もしかしたらあのパーティーに連れていった人間と君を連れ出そうとしていた連中とがグルになって仕組んだ事かもしれませんね」

「まさか!」

悠季は信じられないといった顔をした。

「そうと言いきれますか?知り合いのいないパーティーに連れていったのに途中で放り出すなどあり得ない事です。つまり何か隠れた意図があってのことと考える事も出来る」

実際には軽率な人間が考えなしにやったせいでの結末だろうとは思うが、まったく考えられないわけではないのだ。

僕がさんざんに脅すと、悠季は青くなって深く反省し、二度とそんなことにならないようにすると誓ってくれた。

しかし、昔の悪友の自宅に行ったことについては、意外な反論を言って僕を驚かせた。

「あの彼のことなら知っていたよ。以前、君と一緒に出かけたパーティーで会って、君、挨拶していたよね?」

そう言えばそんなこともあった気がする。

偶然に彼と出くわしてしまって、やむをえず社交的な言葉だけを交わすとさっさと離れたのだが、そんな姿を悠季に見られてしまったのだ。

あれは誰かと尋ねてきた悠季に、潔く正直に昔の悪行を告白した。

苦笑しながら彼は許してくれたが、僕はこのことを不快な記憶として頭からさっさと消去することにしてしまったらしい。

悠季はと言えば彼の事をしっかりと覚えていたというのに。

「君はあの人の事を頭がよくて自分の美意識をしっかり持っているって褒めていたよね」

自分の美学のためならどんなあくどいこともやってのけるような人間だと言っておいた方がよかったのかもしれない。

僕は苦々しく思いながら悠季の言葉を聞いていた。

「君の友人たちってみんな素晴らしい人ばかりだよね。

きちんと自分の生き方を持っていて、堂々としているし。君ってそんな人ばかりを選んで付き合ってきたんだよねぇ。

だから、昔の君を知っている友人となら信用出来ると思って、ついて行っても大丈夫だと思ったんだと思う。

アルコールが回っていたから、きちんと考えて行動したわけじゃないし、ほとんどもうろうとしていたからね。

それに、君と比べたら僕なんて問題外だから、手を出そうとなんて思わないだろうしさ。その通りだったろう?」

つまりそれは、僕の見る目を信用していると言いたいのだろうか。

どうやら悠季に間違った認識を植え付けてしまったらしい。僕としてはそんなに安心しきってもらっては困ると心から思う。

悠季はウィーンの連中や今回現れた昔の友人が世間のルールにのっとって行動すると思っている。

しかし、彼等にはそんな節度はあるとは思えない。

面白ければ平気で無視するようなところがあるのだ。それは昔の僕にも当てはまらないと言える。

ウィーンを去る時に、彼等に求められて乱交パーティーに参加するような男が常識的な規範を持っているはずがない。

今は悠季のファンクラブを自称している彼らにしても、悠季自身の魅力のとりこになっているから、お互いを牽制してもっぱら礼儀正しくしているにすぎない。気がついていないのは悠季ばかり。

と言って、僕たちの昔の悪行の数々を詳しく述べることによって、悠季に軽蔑されるのは大いに困る。

しかし信じ切っている悠季に何と言って僕の昔の悪友たちに注意するように説明するべきか。

どうやったら納得してもらえるか。




僕は途方に暮れていた。












めぐ